2025/06/16 07:00
「お前、ほんとに走る気かよ?」
克己はそう言われた。
言ったのは、20年来の旧友川村だった。東京の会社を定年で辞め、今は逗子で写真を撮って暮らしている。
「ああ。だって医者が言うんだ『血糖値、これ以上上がったら走ってもらいますよ』って」
川村は笑った。
克己も。
50代になってからの会話は、身体の話ばかりだ。
潮の香りが鼻を突く。12月の湘南、風が冷たい。ふたりは江ノ島を背にして、海沿いの国道をゆっくりと走り出す。喋りながらのキロ8分。まるで散歩。
だが、それでいい。
走るのは人生を修復する作業だ、と克己は思っていた。妻と別れて3年。娘は東京で就職し、今は年に数回しか会わない。
それでも、こうして脚を動かしているうちに、心の中の澱がすこしずつ溶けていくのがわかる。
5キロを走って戻ってきたふたりは、川村のアパートの小さなキッチンで料理を始めた。
BGMはMiles Davis版のHuman Nature。
【スパイス納豆オムレツと玄米ロール】
<材料>(2人分)
・納豆 2パック
・卵 4個
・ランナーズスパイス 小さじ1
・玄米ごはん 茶碗2杯分
・焼き海苔 2枚
・万能ねぎ(小口切り) 適量
・しょうゆ 少々
・ごま油 少々
<作り方>
1. 納豆にランナーズスパイス、しょうゆ、ごま油、万能ねぎを混ぜる。
2. 卵を溶いて、熱したフライパンに流し込み、半熟手前で納豆を入れて巻く。
3. 焼き海苔に玄米ごはんを広げ、その上に納豆オムレツをのせて巻く。
4. 食べやすい大きさに切り分けて皿に盛る。
「これうまいな。スパイス効いてる」
「だろ?ランナー向けなんだってよ」
食べ終わるころには、ふたりともまた、じんわりと汗をかいていた。
「また来週も、走るか?」
「もちろん」
海がまだ冬の光を跳ね返していた。

走ることも、笑うことも、どちらも“整える”こと。
汗をかいたら、香りでリセット。
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