2025/07/14 07:00
土曜日の朝は、やさしかった。
風のにおいも、空の色も、なぜかしずかにしていた。
ぼくはゆっくり靴ひもを結んだ。
いつもより、ゆっくりと。
まだ肌寒いのに、手はふしぎとあたたかかった。
川沿いの道に出ると、今日は草のなかに猫がいた。
こっちを見ていたけど、すぐに顔をそらした。
たぶん、猫も忙しいのだろう。
ぼくは歩きはじめた。
まぼろしだったかもしれない犬のことを思い出していた。
ふわっとした毛と、まっすぐな目。
父の目に、すこし似ていた。
走り出す前に、深呼吸をした。
肺がきれいに洗われるような音が、胸のなかに広がった。
一歩、一歩。
音も立てずに、ただまっすぐ走る。
もう、父の真似ではない。
これはぼくの走り方だ。
帰ると、母が台所でなにかを焼いていた。
「走ってきたの?」
「うん、けっこう長く」
「じゃあちょうどいいや。甘いの、あるよ」
そう言って、母は焼きりんごを出してくれた。
バターとスパイスの香りがふわっと鼻をくすぐった。
「なんか、旅みたいな味」
「旅?」
「父さんの旅のつづきを、ぼくが歩いている感じ」
母は少し笑って、りんごを切った。
「お父さん、あっちでも走ってるかな」
「たぶんね」
そう言って、ぼくはまた一口かじった。
【焼きりんごのランナーズスパイス風味】
<材料>(2人分)
・りんご 1個
・バター 10g
・はちみつ 小さじ1
・ランナーズスパイス 小さじ1/2
・シナモンパウダー 少々
・レモン汁 少々
<作り方>
1. りんごは芯をくり抜き、上部に浅く切れ込みを入れる。
2. 耐熱皿にのせ、バター、はちみつ、ランナーズスパイス、レモン汁をかける。
3. 予熱したオーブン(180℃)で20〜25分焼く。
4. 焼きあがったら、シナモンをふりかける
午後にはノートを書いた。
今日のこと。走った道のこと。見た猫のこと。
書きながら、自然と手が止まった。
ぼくはペンを置いて、そっと立ち上がった。
窓の外の空は、少し春のにおいがしていた。
また走りたくなった。
たぶんこれは、はじまりのにおいだ。
来週からは学校に行こう、と思った。
*** おわり ***

香りは、やさしさの隣にある。