2025/07/25 20:00
今夜は珍しく、息子の部屋から音がしない。スマートフォンの光も漏れてこない。
代わりに、窓の外から虫の声がかすかに聞こえてくる。
そんな夜は心が不思議と澄んでいく。
私は一度キッチンに立って、水を飲んだ。時計を見ると、午後十時をすこし回っていた。
静かに息子の部屋のドアを開けると、ベッドの上で本を読んでいた。
それが教科書ではないと気づいたとき、なんだか肩の力が抜けた。
「もう寝る?」と訊くと、
彼は首をすこしだけ横に振った。
「今日も走ったの?」と、私は聞いてみた。
「うん、放課後にちょっとだけ」
そう言ったあと、彼は本のしおりをはさんで、顔を上げた。
「気持ちよかった」
その言葉を、私はちゃんと受け止めようと思った。
私はうなずいて、
「夜食つくろうか?」と訊いた。
「うん」即答された。
夜食の支度は静かに進む。
小さな灯り一つつけた台所で、小さな鍋を火にかける。
【小松菜としらすのランスパ卵雑炊】
<材料>(1人分)
・ごはん 茶碗1杯
・卵 1個
・小松菜 1/2束(ざく切り)
・しらす 大さじ2
・だし汁 300ml
・ランナーズスパイス 小さじ1/2
・醤油 少々
<作り方>
1. 小鍋にだしを煮立て、ごはんと小松菜を入れる。
2. 小松菜がしんなりしたら、しらすを加える。
3. 溶き卵をまわしかけ、ふんわりと火を通す。
4. ランナーズスパイスをふり、醤油をたらして完成。
息子が小さかったころ、風邪をひいたときによく作った雑炊を思い出す。
「夜のごはんって、ちょっと特別だよね」
息子はそんなことを言いながら、レンゲで一口すくう。
「なんか落ち着く」
私は頷いた。
落ち着いたのは、わたしのほうかもしれない。
彼はゆっくり、でもちゃんと完食した。
器を片付けて、水を飲んで、
「おやすみ」と小さく言って部屋に戻っていった。
私の身体を静かな空気が包んだ。
それは、夜が夜らしくなる気配だった。
誰かを想って作るごはんにも、やさしい香りを。
今日も台所から、やさしさを届けよう。
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