2025/08/01 20:00

朝、目を覚ましたときには、すでに彼の姿はなかった。

 

テーブルの上に、水の入ったコップと、走り終えたばかりのような空気が残っていた。

私はそれを深く吸い込んでから、

コーヒーを淹れた。

 

あの子が走りはじめてから、

少しずつ、家の空気が軽くなったように感じる。

会話が増えたわけでもない。

笑顔が目立つようになったわけでもない。

ただ、食卓に並ぶ皿の上に、

「今日の気持ち」がひっそり置かれている、そんな日々。

 

このまえ、彼は私に聞いた。

 

「お母さん、また走らないの?」

 

私は思わず笑ってしまった。

そうね、ずっと忘れていたかもしれない。

走ることの、あの気持ちよさを。

風が身体をすり抜けていくときの、なんとも言えない自由を。

 

だから私は、少しずつ歩くことから始めてみよう。

まずは近所を一周するだけでも。

 

今日は、あの子が帰ってくる前に、

料理を作っておくことにした。

 

 

【豆乳とほうれん草のスパイスポタージュ

 

<材料>(2人分)

・ほうれん草 1/2束(ざく切り)

・じゃがいも 1個(薄切り)

・玉ねぎ 1/4個(スライス)

・水 100ml

・無調整豆乳 200ml

・ランナーズスパイス 小さじ1

・塩 少々

・オリーブオイル 適量

 

<作り方>

1. 鍋にオリーブオイルを熱し、玉ねぎ、じゃがいもを炒める。

2. しんなりしたら水を加え、じゃがいもがやわらかくなるまで煮る。

3. ほうれん草を加えてさっと火を通す。

4. 粗熱がとれたらミキサーで撹拌し、鍋に戻す。

5. 豆乳とランナーズスパイスを加えて温め、塩で味をととのえる。

 

 

温かいスープの湯気が立ちのぼるころ、玄関が「ただいま」の声とともに開いた。

 

「おかえり。走ってきたの?」

「うん。風が、ちょっと強かった」

「スープ、できてるよ」

 

彼が椅子に座るまでの間に、私は器をふたつ用意する。

並んだ湯気が、まるで二人の会話みたいに揺れていた。

 

「ねえ、またどこか、行ってみない? 少し遠くで、走らない?」

「いいよ、どこでも」

彼はそう言って笑った。

 

外では、風がまだ春の残り香をつれて吹いている。

この風のなかを走るのも、

きっと、わるくない。


*** おわり ***
誰かを想って作るごはんにも、やさしい香りを。
家族を包むのは、言葉よりも香りのぬくもり。