2025/09/01 07:00

最近、よく耳にする「ランステ」という言葉。

最初に聞いたとき、「ランニング・ステーキ」の略かと思った。

走った後に肉を焼いて食べる。

それはそれで理にかなっている気がするし、なにやらすごく旨そうだ。

 

しかし、調べてみると「ランニング・ステーション」の略らしい。

ランナーが着替えたり、荷物を預けたり、シャワーを浴びたりする施設。

つまり、走る人の秘密基地である。

 

非ランナーの私には無縁な世界だと思っていた…

 

だがある日曜日、いつもの銭湯がボイラーの点検で臨時休業。

うっかりその近くの「ランステ」という所に入ってしまったのだ。

 

入口に「どなたでもご利用いただけます」と書かれていた。

「どなたでも」というのは、私のような非ランナーにも適用されるのだろうか?

疑問と不安を抱きつつ、自動ドアを抜ける。

 

中は想像以上に清潔だった。

白を基調としたカフェのような内装。受付にはスポーツウェアを着たスタッフ。

壁には「今月のランニングイベント」や「ベストランナー写真展」など、完全に、走る人の世界が展開されている。

 

私はおそるおそる「シャワーだけ使えますか」と聞いてみた。

 

「もちろんです!」

 

スタッフは恐ろしいほどの笑顔でそう言った。

だがその笑顔はどこか、「この人、きっと走ってないな」と見抜いているようでもある。

 

ロッカールームに入って驚いた。

 

全員…痩せている。

 

引き締まったふくらはぎ。

くっきりとした鎖骨。

すべすべした腕に、無駄のない動き。

明らかに、走ってきた直後の「汗のオーラ」が漂っている。

 

一方、私はといえば、銭湯が休みだっただけのただの中年である。

むしろ少し食べ過ぎて、無駄だらけの腹をしている。

 

そんな私がロッカーの前でタオルをたたんでいると、横の男が話しかけてきた。

 

「今日、走りやすかったですよね。湿度が低くて」

 

…知らんがな。

 

走ってないし。

天気すら気にしてなかったし。

しかし私は、とっさにこう答えていた。

 

「ですね。5キロくらいでも、風を感じました」

 

…なぜ嘘をつくのだ、私。

 

シャワーを浴びて出ると、共有スペースに「ランナー向けのフードバー」なるものがあった。

プロテインスムージー、低脂肪ヨーグルト、バナナとオートミールの焼き菓子。

明らかに、厚揚げカリカリとは真逆の世界である。

 

この空間に長居してはいけない、と思った。

私はそっと施設を出て、コンビニでアイスとビールを買い、家へ帰った。

 

そして台所に立って、こう思った。

 

「こっちはこっちで、秘密基地を作ろう」

 

 

【冷やしスパイスだし茶漬け】

 

<材料>(1人分)  

・ごはん 茶碗軽く1杯(冷や飯OK)

・出汁(冷やしておく) 150ml(かつおと昆布)

・ランナーズスパイス 小さじ1/3

・青じそ 1枚(千切り)

・みょうが 1/2本(千切り)

・白ごま 少々

・醤油 ほんの少し(お好みで)

 

<作り方>

1. 冷たいごはんを器に盛り、香味野菜(しそ・みょうが)をのせる。

2. 白ごまをふり、ランナーズスパイスをパラパラと。

3. 冷えた出汁をそっとかけ、好みで醤油を数滴。

 

 

冷えた出汁が喉を通過していくと、走ってもいないのに、なぜか一日を締めくくった気がしてくる。

香味野菜の清涼感とスパイスの奥行きが、こんな夜にはちょうどいい。

 

走らなかったが、さっぱりした。

走らなかったが、自分の基地で整った。

 

ランステの人たちが「風を感じた」と言うなら、

私はこの冷たいだしの中に、小さな風を見出した。

 

走る人にも走らない人にも、それぞれの「整い方」があるのだ。

 

 走らなくても、香りで整う日曜日。

見ているだけでも、香りは届く。

ランスパをひとふり→

▶ 次の話 【走る人々を、走らない人が見つめる日曜日|第5話 走らないまま完走する法】