2025/09/19 20:00
画面を消したあと、しばらく部屋が静まりかえっていた。
映画の余韻というには、あまりにも重く湿った空気だ。
『長距離ランナーの孤独』
イギリスの労働者階級に生まれ、少年院に入れられた青年スミッティが、
長距離ランニングを通して自分と社会に抗おうとする姿を描いた作品だ。
目に映るほとんどが灰色だった。
街も、空も、壁も、スミッティの目も。
彼の走るフォームは粗い。
だがその不器用なまっすぐさが、妙に心を掴んで離さなかった。
何度も出てきた印象的なシーン。
朝靄の中、ひとり走るスミッティの姿。
誰もいない森の道、音もない世界で、自分だけの呼吸と足音だけを頼りに進んでいく。
「走ることって、あんなに孤独だったか…」
ソファに背中を沈めて、森一弘は呟いた。
52歳。
孤独には慣れたと思っていた。
だが、それは本当の孤独ではなかったかもしれない。
この映画を観て初めて、孤独というものが身体の奥まで染み込んできた気がした。
腹が減った。
何かを噛みしめたい。
温かくて、時間のかかるものがいい。
冷蔵庫を開け、残っていた白飯を見つけた。
冷ご飯。でも、まだ生きている米だ。
リゾットにしよう。
焼いて、少しだけ香ばしく仕上げる。
それが、今の気分にはちょうどいい。
【焼きリゾットの香草スパイスチーズ風味】
<材料>(1人分)
・ごはん 茶碗1杯分
・玉ねぎ 1/4個(みじん切り)
・マッシュルーム 2個(薄切り)
・にんにく 1片(みじん切り)
・オリーブオイル 大さじ1
・白ワイン 大さじ1
・野菜ブイヨン 150ml
・ランナーズスパイス(ORIGINAL) 小さじ1/2
・粉チーズ 大さじ1
・パセリ(乾燥可) 少々
・黒胡椒 少々
・とろけるチーズ 適量
<作り方>
1. フライパンにオリーブオイルを熱し、にんにくと玉ねぎを炒める。
2. 香りが立ったらマッシュルームを加え、軽く炒めて白ワインを加える。
3. ごはんを入れ、木べらでよく混ぜながらブイヨンを数回に分けて加える。
4. ランナーズスパイス、粉チーズ、パセリを入れ、とろみが出るまで混ぜる。
5. 火を止めて耐熱皿に移し、とろけるチーズをのせてトースターで(200℃で6〜8分)焼く。
6. 表面に焼き色がついたら、黒胡椒を挽く。
焼きリゾットの香りが立ちのぼる。
少し焦げたチーズの香ばしさと、スパイスの風味が食欲をそそる。
スプーンを入れると、パリッとした表面の下からとろりとした米が顔を出す。
一口ごとに、温かさと旨味が身体に沁みていく。
この料理はいい。
派手ではないが、確かに力が湧いてくる。
映画でスミッティが自分の「走る理由」に辿り着いたように。
一弘もまた、黙ってこの皿を空にすることで自分の中の何かを確かめていた。
走ろう。
夜でもいい。
誰のためでもない、名誉も順位も関係ない。
走ることで、自分の輪郭を思い出せる気がした。
外に出ると、空気がひんやりしていた。
だがそれが心地よい。
この肌寒さが、心の奥に積もった余計な感情を洗い流してくれる。
一弘は走り出した。
足音だけが、夜の静寂に響いていた。

1本の映画のように、1皿の香りを。
スパイスが照らす、あなたの走路。
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