2025/10/27 07:00
~前書き~
郷土料理とは、その土地の風土と歴史が生み出した食の文化である。気候や地形、そこで採れる食材、そして代々受け継がれてきた調理法が織りなす、まさに「土地の味」と呼ぶべき存在だ。
北は北海道から南は沖縄まで、日本列島には数え切れないほどの郷土料理が存在する。山間部では山の幸を活かした料理が生まれ、沿岸部では海の恵みを取り入れた料理が発達した。米どころでは米を使った料理が、寒冷地では体を温める料理が、それぞれの必然性をもって生まれてきた。
郷土料理は、単なる食べ物ではない。そこには先人たちの知恵と工夫、そして愛情が込められている。限られた食材で栄養バランスを保とうとする工夫、厳しい自然環境を乗り越えるための知恵、家族や共同体を結びつける絆としての意味合い。
郷土料理は、日本人の生活そのものを映し出す鏡なのである。
私は、そんな郷土料理の深い世界に魅せられた。
足でその土地を走り、舌で確かめ、心で感じることを大切にしたいと思っている。
そして現代のランナーとしての視点から、伝統的な郷土料理に新しい息吹を吹き込んでみたい。それは決して伝統を軽んじることではなく、今の時代に生きる私なりの愛情の表れなのだ。
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第一品 「津軽の風」
秋田新幹線から奥羽本線に乗り換えて、私は青森県の弘前に向かっていた。車窓から見える岩木山は、薄っすらと雪化粧を始めている。
十月の津軽は、もう冬の気配を漂わせていた。
弘前駅に降り立つと、りんごの甘い香りが鼻をくすぐる。駅前の果物屋では、真っ赤な津軽りんごが山のように積まれている。
私は荷物を宿に置くと、すぐにランニングシューズに履き替えた。
弘前公園を抜けて岩木山の方向に向かって走る。足音が小気味よくリズムを刻む。石畳の道、古い武家屋敷の塀、りんご畑が次々と視界に流れていく。空気は冷たく乾いていて、肺の奥まで清々しさが染み渡る。
三十分ほど走ったところで、「けの汁」という看板を掲げた小さな食堂を見つけた。
津軽の郷土料理として名高い「けの汁」。
私はここを目指していたのだった。
暖簾をくぐると、囲炉裏に薪がくべられていて、店内は心地よい暖かさに包まれていた。
女将らしき初老の女性が、にこやかに迎えてくれる。
「けの汁をお願いします」
「はいはい、今日は特にいい大根が入ったから、うまいよ」
運ばれてきた「けの汁」は、想像していた以上に具だくさんだった。
大根、人参、ごぼう、れんこん、こんにゃく、油揚げ、わらび、ぜんまい。まさに畑の恵みと山の恵みが一つの椀に集まっている。
「このけの汁、どうやって作るんですか」
女将は嬉しそうに教えてくれた。
そして、今では年中食べられているが、元々は小正月の料理として、正月の余り物と保存してある山菜を細かく刻んで煮込むのだと。
ただ、秋のこの時期の野菜で作る「けの汁」が実は一番美味いのだと言った。
「け」は「粥」が訛ったものだとも、「かゆ」の意味だとも言われているらしい。
私は一口すすって、その深い味わいに感動した。
野菜それぞれの旨味が溶け合って、優しくて力強い味になっている。
これは単なる野菜の煮物ではない。
津軽の厳しい冬を乗り越える知恵と愛情が込められた料理だった。
宿に戻った私は、さっそく厨房を借りて実験を始めた。
女将から教わったレシピを基本に、ランナーズスパイスを加えたアレンジを試してみる。
【津軽けの汁ランナーズスパイス仕立て】
<材料>(4人分)
・ 大根 200g
・ 人参 100g
・ ごぼう 100g
・ れんこん 150g
・こんにゃく 1枚
・油揚げ 2枚
・乾燥わらび 30g(戻したもの)
・だし汁 1000ml
・味噌 大さじ3
・ランナーズスパイス(Original) 小さじ1
<作り方>
1. 野菜をすべて5mm角に細かく刻む
2. こんにゃくは手でちぎり、油揚げも細切りにする
3. わらびは水で戻して同じく細かく切る
4. 鍋にだし汁を入れ、硬い野菜から順に加えて煮る
5. 野菜が柔らかくなったら味噌で味を調える
6. 最後にランナーズスパイスを加えて軽く煮立たせる
ランナーズスパイスの香りが従来のけの汁に新しい風を運んでくる。
走った後の体に、この温かさと程よいスパイスの香りが染み渡る。
津軽の伝統的な味わいを保ちながら、現代のランナーの体にも優しい一品が完成した。
夜、宿の窓から岩木山を眺めながら、私は今日の体験を日記に記した。
郷土料理は、その土地の人々の生活そのものなのだと改めて実感する。
そして走ることで、その土地の空気を肌で感じ、料理への理解が深まるのだということも。
明日はもう少し奥地に足を伸ばして、津軽の秋をもっと味わってみよう。
(津軽けの汁 )
青森の小正月に食べられる「けの汁」は、大根や人参、ごぼうなど、とにかくたくさんの野菜を細かく刻んで煮込んだ汁物である。
「け」は「粥」が訛ったものだという説もあるが、本当のところは誰にもわからない。
雪深い津軽の秋から冬に、保存のきく根菜類をありったけ集めて作るこの汁は、まるで大地の記憶を溶かし込んだようだ。

走る人に、土地の香りを。
その土地の風も、香りになる。
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