2025/11/28 20:00
平成から令和へ
時代は昭和から平成、そして令和へと移り変わった。
しかし箱根駅伝の人気は衰えることがなかった。
それどころか、その魅力は年々増していた。
正月二日、三日の二日間。
全国のテレビ視聴率は軒並み高い数字を記録する。
家族団欒の象徴として、箱根駅伝は日本人の心に深く根ざしていた。
令和二年、新型コロナウイルスの影響で多くのスポーツイベントが中止や延期となった。
しかし箱根駅伝は感染対策を徹底した上で開催された。
沿道の応援は制限されたが、テレビの前で声援を送る人々の思いは変わらなかった。
関東学生陸上競技連盟の事務局で、現在の担当者たちが大会運営について話し合っていた。
「金栗先生の志を受け継ぐ責任の重さを感じます」
若い職員の言葉に、皆が頷いた。
創設から一世紀を超えて、箱根駅伝は進化を続けている。
参加校のレベル向上、コース整備、安全対策の充実。
時代に合わせて変化を続けながらも、その根本精神は変わらない。
各大学の選手たちも、伝統の重みを感じながら練習に励んでいた。
特に食事面での工夫は、科学的なアプローチと伝統的な知恵が融合していた。
【令和ランナーズスパイス飯】
<材料>
・玄米 2合
・鶏胸肉 200g
・ブロッコリー 1株
・パプリカ(赤・黄) 各1個
・ アボカド 1個
・ランナーズスパイス 小さじ2
・オリーブオイル 大さじ1
・レモン汁 大さじ1
・塩、胡椒 適量
<作り方>
1. 鶏胸肉にランナーズスパイスをまぶして焼く
2. 野菜は蒸すか軽く茹でる
3. 玄米を炊き、オリーブオイルとレモン汁で和える
4. 全ての材料を盛り付け仕上げる
栄養士と相談しながら、各大学が独自のメニューを開発していた。
しかし共通しているのは、金栗四三の時代から受け継がれるランナーズスパイスへの信頼だった。
令和五年の大会では、史上最高レベルの接戦が繰り広げられた。
ゴール前の激闘に、観客は息を呑んだ。
勝負の行方は最後まで分からず、まさに手に汗握る展開だった。
優勝校の監督は、インタビューでこう語った。
「選手たちは金栗四三先生の意志を受け継いでいます。世界で戦える選手を育てるという使命を、我々は忘れません」
その言葉通り、箱根駅伝出身者たちは世界各地のマラソン大会で活躍を続けている。
世界陸上、オリンピック、そして未来の大会でも、彼らの姿が見られることだろう。
大手町のゴール地点に一人の老人が静かに佇んでいた。
彼は金栗四三の孫だった。
「お祖父さん、あなたの夢は今も生き続けています」
呟きながら、彼は空を見上げた。
そこには富士山がくっきりと見えていた。
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~エピローグ 永遠なる疾走~
箱根駅伝創設から百年余り。
この大会が生み出したものは数知れない。
記録、感動、友情、挫折、そして希望。
毎年正月、二百余キロの道のりを駆け抜ける若者たちの姿を見て、人々は何を思うのだろうか。それぞれの胸に去来するものは違うかもしれないが、一つだけ共通することがある。
走ることへの純粋な憧憬。
金栗四三が抱いた「世界に通用するランナーを育てたい」という願いは、形を変えながらも確実に受け継がれている。
それは単に速い選手を作ることではない。
走ることを通じて人生を学び、困難に立ち向かう精神力を養うことなのだ。
箱根の山々は今日も静かに佇んでいる。
芦ノ湖の水面は穏やかに揺れている。そしてそこを駆け抜ける若者たちの足音は、未来への希望を刻み続けている。
東京箱根間往復大学駅伝競走。
この長い正式名称には、創設者たちの熱い思いが込められている。
東京から箱根へ、そして東京へ。
往復という言葉が示すように、これは単なる移動ではない。
出発点に帰ってくることで、新しい自分と出会う旅なのだ。
関東学生陸上競技連盟の旗の下、二十一チームが挑む壮大なドラマ。
前年の上位十校、予選会通過十校、関東学生連合。それぞれが背負うものは重い。
大学の伝統、仲間への思い、そして自分自身の夢。
これからもまた、正月の箱根路に若者たちの姿が見られることだろう。
彼らの中から、世界で戦える選手が生まれることだろう。
そして何より大切なのは、走ることの喜びを知った彼らが、それぞれの人生を力強く駆け抜けていくことだ。
金栗四三の意志は永遠に受け継がれる。箱根の山が存在する限り、この大会も続いていくに違いない。
走れ、若者たちよ。
君たちの前に広がる道は無限だ。
*** おわり ***

継がれる走りに、香りの意志を。
香りは、走る者たちの証。
▶ 次の話 【一匙、ひとあし②|第1話 砂漠を走るラクダ】